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東京地方裁判所 平成4年(ワ)7649号 判決

原告 日本信販信用組合

右代表者代表理事 増川恒男

右訴訟代理人弁護士 森田昌昭

同 中島俊行

被告 株式会社 創新

右代表者代表取締役 岡田泰雄

右訴訟代理人弁護士 水上盛市

被告 株式会社麻布ハウス工業

右代表者代表取締役 秋本敬一

右訴訟代理人弁護士 村本道夫

主文

1. 被告株式会社創新と同株式会社麻布ハウス工業との間における別紙物件目録記載の土地についての別紙賃貸借目録記載の賃貸借契約を取り消す。

2. 前項の判決が確定することを条件として、被告株式会社麻布ハウス工業は、原告に対し、前項の土地について東京法務局渋谷出張所平成三年五月二二日受付第一三三〇六号をもってした賃借権設定仮登記及び同法務局同出張所同年六月四日受付第一四六九二号をもってした賃借権設定登記の各抹消登記手続をせよ。

3. 訴訟費用は被告らの負担とする。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文と同旨の判決を求める。

二、被告ら

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、当事者の主張

一、原告の請求の原因

1.(原告と訴外ダイヤ商事株式会社との間の根抵当権設定契約)

原告は、平成二年八月三〇日、訴外ダイヤ商事株式会社(以下「訴外ダイヤ商事」という。)との間において、訴外ダイヤ商事所有で当時更地であった別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)につき、原告を根抵当権者、訴外ダイヤ商事を債務者とし、債権の範囲を信用組合取引、手形債権、小切手債権とする極度額四億九〇〇〇万円の根抵当権設定契約を締結し、東京法務局渋谷出張所同月三〇日受付第二六〇八七号をもってその旨の根抵当権設定登記を受けた。

2.(原告の訴外ダイヤ商事に対する債権)

(一)  原告は、平成二年八月三〇日、訴外ダイヤ商事に対して、返済期日を平成三年八月三一日、利息の割合を年九パーセント、期限後の損害金の割合を一八・二五パーセントと定めて、四億円を貸し渡した。

(二)  訴外ダイヤ商事は、平成二年八月三〇日、訴外全国信用協同組合連合会から一一〇〇万円を借り受けるとともに、原告との間において、これについての保証委託契約を締結し、これに基づく訴外ダイヤ商事の原告に対する求償金債務の履行を遅滞したときには、年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金を支払う旨を約した。

そして、原告は、右保証委託契約に基づき、訴外全国信用協同組合連合会との間において、訴外ダイヤ商事の訴外全国信用協同組合連合会に対する右貸金債務について連帯保証契約を締結したが、訴外ダイヤ商事は、平成三年一二月五日、東京手形交換所において取引停止処分を受けて、前記貸金債務についての期限の利益を喪失したため、原告は、同月二〇日、連帯保証人として、訴外全国信用協同組合連合会に対して、貸金元本一一〇〇万円、利息八万四〇八二円及び期限後の損害金四七万四〇五四円の合計一一五五万八一三六円を支払い、これによって、訴外ダイヤ商事に対して、右同額の求償金債権及びこれに対する右同日から支払済みに至るまで年一八・二五パーセントの割合による期限後の損害金債権を取得した。

3.(被告株式会社麻布ハウス工業の短期賃借権)

被告株式会社麻布ハウス工業(以下「被告麻布ハウス」という。)は、平成三年五月二〇日、訴外ダイヤ商事との間において、別紙賃貸借目録記載のとおりの賃貸借契約(以下「本件賃貸借契約」という。)を締結し、東京法務局渋谷出張所同月二二日受付第一三三〇六号をもって賃借権設定仮登記を受け、さらに、同法務局同出張所同年六月四日受付第一四六九二号をもって賃借権設定登記を受けた。

そして、被告株式会社創新は、平成三年六月一〇日に訴外ダイヤ商事から本件土地を買い受けて、同年一一月一六日にその旨の所有権移転登記を受け、これによって被告麻布ハウスに対する本件土地の賃貸人たる地位を承継した。

4.(本件賃貸借契約の加害性)

原告は、前記根抵当権設定契約による根抵当権に基づいて本件土地について東京地方裁判所に競売の申立てをし、平成四年二月一四日に競売開始決定を受けた。

ところが、本件土地の価格は、前記根抵当権設定契約当時において、その更地価格が四億二六六〇万円であったが、その後の一般的な土地価格の低落傾向に伴い、平成四年三月二六日当時においては二億二五〇〇万円に低落して、それだけでも被担保債権額に満たなくなっているところ、賃借権の譲渡又は転貸を自由とする本件賃貸借契約に基づく短期賃借権の存在によって著しくその担保価値は減少し、また、被告麻布ハウスが本件土地に建物を建築してしまったことによって、原告は、事実上本件土地の底地価格しか把握していないに等しい状態である。

したがって、本件賃貸借契約に基づく短期賃借権が根抵当権者である原告に損害を及ぼすことは明らかである。

5.(結論)

よって、原告は、被告らに対して、本件賃貸借契約の解除を求めるとともに、被告麻布ハウスに対して、本件賃貸借契約について経由された前記賃借権設定仮登記及び賃借権設定登記の各抹消登記手続を求める。

二、請求原因事実に対する被告らの認否

1. 請求原因1(原告と訴外ダイヤ商事との間の根抵当権設定契約)の事実中、原告主張の根抵当権設定登記が経由されている事実は認めるが、その余の事実は知らない。

2. 同2(原告の訴外ダイヤ商事に対する債権)の事実は、知らない(ただし、被告株式会社創新においては、2の(一)の事実を認める。)。

3. 同3(被告麻布ハウス工業の短期賃借権)の事実は、認める。

4. 同4(本件賃貸借契約の加害性)の事実は、争う(被告ら)。

民法三九五条にいわゆる「賃貸借カ抵当権者ニ損害ヲ及ホストキ」といい得るためには、単に当該抵当権が存在すること自体によって目的不動産の価格が低落するというだけでは足りず、当該賃貸借の内容が賃貸人にとって通常の賃貸借に比して著しく不利益なものであって、そのために目的不動産の価格の低落を招来して、抵当権者が被担保債権の完全な満足を得られなくなるような場合でなければならないものと解するのが相当である。被告麻布ハウスは、訴外ダイヤ商事から本件土地の周辺地域の地上げについての協力を要請され、本件土地を借り受けてそこに駐車場、倉庫、営業用店舗等を建築し、そこを開発の拠点とするとともに、再開発事業の展開をみるまでの間の一時的な収益事業を営むために、本件賃貸借契約を締結したものであって、本件賃貸借契約には賃借権の譲渡又は転貸をすることができるものとの特約が付されているけれども右のような経過に照すと、仮に賃借権の譲渡又は転貸が行われたとしても、一時的なものに限られることが明らかである。したがって、右の特約も、賃貸人にとって格別不利益なものではなく、本件賃貸借契約に基づく短期賃借権が根抵当権者である原告に損害を及ぼすものとはいえないから、原告は、本件賃貸借契約の解除を請求することはできない(被告麻布ハウス)。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

一、請求原因1(原告と訴外ダイヤ商事との間の根抵当権設定契約)の事実中、本件土地について原告のためにその主張の根抵当権設定登記が経由されていることは当事者間に争いがなく、その余の事実は甲第六号証及び甲第七号証によってこれを認めることができ、また、請求原因2(原告の訴外ダイヤ商事に対する債権)の事実は、甲第一号証、甲第三号証及び弁論の全趣旨によってこれを認めることができる。そして、請求原因3(被告麻布ハウス工業の短期賃借権)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで、本件賃貸借契約に基づく短期賃借権が根抵当権者である原告に損害を及ぼすものであるかについて検討すると、先ず、短期賃借権が抵当権者に損害を及ぼすものとして抵当権者が賃貸借契約の解除の請求をすることができるためには、短期賃借権の存在によって目的不動産の価格が低落し、抵当権者が抵当権の実行によっては被担保債権の完全な弁済を受けられなくなる(もともと目的不動産の価格が被担保債権の額を下回っているような場合においては、抵当権者が抵当権の実行によって受ける弁済額が減少する)ことをもって足りるものと解するのが相当である。右のような事態は、賃料の額及び支払時期、賃借権の譲渡又は転貸に関する特約、その他の契約条件が賃貸人にとって不合理であるような場合に典型的に生じるけれども、短期賃貸借の解除の請求をなし得るのは、必ずしも右のような場合に限られるものではなく、契約条件が合理的であっても、短期賃借権が付着しているというだけで目的不動産の価格の低落を招来し、そのために抵当権者が抵当権の実行によって被担保債権の完全な弁済を受けられなくなるような場合においても、これをなし得るものと解すべきである。

これを本件についてみると、甲第一二号証、甲第一三号証、乙第一号証、乙第二号証、被告麻布ハウス代表者尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、本件土地について東京地方裁判所に競売の申立てをして、平成四年二月一四日に競売開始決定を受けたこと、ところが、本件土地は、原告が根抵当権を設定した当時においては、当時の一般的な地価の高騰を反映して、四億円を超える更地価格を有していたものの、その後の経済情勢の変動に伴い、平成四年三月又は九月時点においては、更地価格で二億円を下回るまでの低落を来して、本件賃貸借契約に基づく短期賃借権の負担がないとしても、目的不動産の価格が明らかに被担保債権額を下回っていること、被告麻布ハウスが本件賃貸借契約を締結した経緯ないし趣旨は概ね被告麻布ハウスの主張のとおりであるけれども、本件賃貸借契約はなお三年余の存続期間を残していて、その契約条件が合理的であるか否かにかかわらず、それによって本件土地は一定の減価を免れないものであること(甲第一三号証によれば、不動産鑑定士山野井孝義は、本件土地の価格は、本件賃貸借契約に基づく短期賃借権の存在によって、二〇パーセント低落するものとの鑑定評価をしている。)を認めることができる。

このように、目的不動産の価格が短期賃借権の負担がないとしても被担保債権額を下回っていることが明らかな場合においては(仮にそれが抵当権設定後における経済情勢の変動によるものであっても)、短期賃借権の存在によって目的不動産に減価が生じている以上、賃貸借契約の条件が合理的なものであるか否かにかかわらず、当該短期賃借権は抵当権者に損害を及ぼすものということができ、抵当権者は当該賃貸借契約の解除を請求することができるものと解するのが相当である。

三、以上によれば、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法八九条及び九三条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上敬一)

〈以下省略〉

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